いちごを愛するすべての諸君。
秋の陽ざしがやわらぎ、ハウスの株たちが根を張り終えようとするこの季節。昨日まで青々としていた一株が、ある朝、力なくうなだれている。水が足りなかったのだろう、と多くの者は考える。だが、それが静かに忍び込んだ『炭疽病』の仕業だとしたらどうだろうか。
炭疽病は、いちご栽培で最も恐れられる病気の一つだ。治す薬はなく、水しぶきに乗って隣の株へと渡り歩く。しかも、寒くなると姿を隠す。見えないうちに広がり、見えたときにはもう手遅れ。だからこそ、この病気は『知っている者』だけが防げる。
この記事では、炭疽病の正体、うつり方、そして畑を守るための具体的な手順をお伝えする。読み終えたとき、あなたの目には、一枚の葉の小さな黒点が、まったく違う意味を持って見えるはずだ。

愚問だな。しおれの理由は水不足だけではない。水を増やしたことで、かえって病を広げることさえある。まずは敵の正体を知りたまえ。
1.炭疽病の正体は「水に乗って旅するカビ」
1.1 犯人は、目に見えない『胞子の旅人』
炭疽病の原因は、カビの仲間(糸状菌)だ。近年のいちごでは、Colletotrichum fructicola(コレトトリカム・フルクティコーラ)という菌が主役であることが、各地の調査で分かっている。
この菌は、病気になった葉や茎の上に、無数の胞子をつくる。胞子は自分では飛べない。だが、雨粒や水やりのしぶきが当たった瞬間、水滴に乗って隣の株へと旅立つ。炭疽病が『発病株を中心に輪のように広がる』のは、このためだ。

1.2 好むのは『20℃以上の湿った空気』
この菌が目を覚ますのは、気温20℃以上。高温多湿の夏から秋にかけてが、最も活発な時期だ。また、窒素肥料を与えすぎて軟らかく育った株は、菌にとって入り込みやすい『薄い城壁』となる。
見落としてはならないのは、裏側の性質だ。気温が低く乾いた環境では、菌は株の中に潜んだまま症状を出さない。これを『潜在感染』という。見た目が健康な苗が、実は菌を抱えている。冬に静かだった株が、暖かくなって突然倒れる。その正体がこれだ。

炭疽病は、水を舟にして旅をする。そして寒さの中では、仮面をかぶって眠る。この二つを覚えておきたまえ。

見えないうちから、もう始まっているかもしれないんですね…!ちゃんと見分けられるようになりたいです!

でも博士、黒い点なら、他の病気でも出ますよね?

鋭いな。だからこそ、見るべき『場所』を知る必要がある。葉だけを見ていては、本当の手がかりを見逃すのだよ。
2.見分け方:「葉柄の黒いくぼみ」と「株元からの立ち枯れ」
2.1 症状は三つの段階で現れる
- 葉:直径2〜3mmほどの、ほくろのような黒っぽいしみ
- 葉柄・ランナー:少しへこんだ、細長いだ円形(紡錘形)の黒い病斑
- 株元(クラウン):ここが侵されると、新しい葉のつやが失われ、やがて株全体が急にしおれて枯れる
最も確かな手がかりは、葉柄やランナーの『黒いくぼみ』だ。葉の斑点だけで判断せず、茎を一本ずつ、指でたどるように観察したまえ。
2.2 よく似た『そっくりさん』との違い
- 蛇の目病:紫がかった斑点で、葉の裏にも病斑が出る。炭疽病の葉の斑点は、うすい炭色で裏には出にくい
- 葉枯炭疽病:葉の縁から枯れ上がるが、株元は侵されず、立ち枯れにはならない
迷ったら、自分だけで結論を出さないことだ。各都道府県の病害虫防除所や農業改良普及センターに相談すれば、病気を確かめる手助けを得られる。

診断とは、名前を当てる遊びではない。『どこに・いつ・何株』を記録し、証拠を残す営みなのだ。

葉っぱだけじゃなくて、茎と株元まで見る。明日の見回りからさっそくやってみます!

見つけたら、すぐ薬をかければ治るんですよね?

……そこが最大の誤解だ。心して聞きたまえ。
3.なぜ急ぐのか:「治らない」「うつる」「隠れる」
3.1 発病した株を治す薬は『ない』
各県の防除指導が口をそろえて言うのは、発病した後に治せる薬はない、ということだ。薬の役割は、まだ侵されていない株を守る『盾』であって、傷を癒やす『薬草』ではない。
3.2 一株は『入口』にすぎない
一株に症状が出たということは、その周りにも胞子が届いている可能性が高い。目に見えているのは、氷山の一角だと考えたまえ。
3.3 寒くなっても『終わり』ではない
秋が深まり気温が下がると、新しく倒れる株は減っていくだろう。だが、それは菌がいなくなったのではなく、眠っているだけだ。ここで気を緩める者が、春に痛い目を見る。

炭疽病において、『様子を見る』は『広がるのを待つ』と同じ意味だ。

一株見つけた時点で、もう全体の問題なんですね。気を引き締めます!

じゃあ、見つけたら具体的に何をすればいいんでしょうか?

手順は明快だ。『抜く・濡らさない・持ち込まない・予防する』。一つずつ見ていこう。
4.畑を守る四つの手順
4.1 抜く:発病株は『隣の株ごと、土ごと』
- 症状が出た株は、隣り合う株も含めて、株元の土(培地)ごと抜き取る
- 抜いた株はハウスの外へ持ち出して処分する。通路や棚の下に置きっぱなしにしない
- 苗の出どころに確認してもらうため、症状がはっきり出た株を1〜2株、袋に密封して残しておくと後で役に立つ
4.2 濡らさない:水は『株元に、静かに』
- 頭上からの水やりや、葉に水をかけることは避ける
- 手で水をやるときは、根元だけに、水圧を弱くして与える
- 葉かきやランナー切りは、晴れた日に行う。雨の日や葉が濡れているときは、傷口から菌が入りやすい
4.3 持ち込まない:手袋とハサミは『一株ごとに清める』
- 発病株を触った手袋で、健康な株を触らない。使い捨ての手袋が望ましい
- ハサミはアルコールで消毒してから次の株へ
- 予備の苗も、植える前に葉柄やランナーの跡を確認する。怪しい苗は植えない
4.4 予防する:薬は『盾』として、系統を替えて使う
- 予防の散布を、7〜10日おきを目安に定期的に行う。雨の前、葉かきの後も狙い目だ
- 薬は株元(クラウン)まで届くように、十分な量をかける
- 同じ系統の薬を続けて使わない。薬の系統(FRAC番号)を確かめてローテーションする
ここで一つ、重要な事実を伝えておく。近年の調査では、かつて炭疽病によく使われた系統の薬が効かない菌が、各地で高い割合で見つかっている。ある県の2025年度の調査では、二つの系統の薬が両方とも効かない菌が、7割を超えていた。『昔から使っている薬だから安心』は、もう通用しないのだ。
どの薬を、いつ、何倍で使うかは、必ず農薬のラベルと、地域の防除指導に従うこと。使える時期や回数は、薬ごとに法律で決められている。

盾は、敵が来る前に構えるものだ。そして同じ盾を使い続ければ、敵はその形を覚える。

抜く・濡らさない・持ち込まない・予防する。現場のみんなとも共有します!
5.トラブル解決の処方箋(Q&A)
Q1.しおれた株は、全部炭疽病ですか?
そうとは限らない。水分や根の状態、ほかの病気でもしおれは起こる。葉柄やランナーに黒いくぼみがあるか、株元が変色していないかを確かめたまえ。判断に迷う株も、隣の株への影響を考えれば、早めに抜き取るのが安全だ。
Q2.寒くなって植え替えが減りました。もう安心ですか?
安心はできない。気温が下がると症状が出にくくなるだけで、菌を持った株は残っている可能性がある。暖かくなる春先まで、観察と記録を続けることだ。
Q3.来シーズン、炭疽病を出さないために何ができますか?
炭疽病は苗から持ち込まれることが多い。苗を選ぶときは、親株の検査をしているか、育苗中にどんな系統の薬を使ってきたか、育苗中に発病がなかったかを確かめるとよい。そして、苗の出どころごとに区画を分けて植え、記録を取っておくこと。それが次の季節を守る、何よりの盾となる。

病は、管理の『隙』から入る。だが、その隙は観察と記録で埋められる。一枚の葉の黒点を見逃さぬ者だけが、一粒の輝きを守り抜けるのだよ。

見えない敵だからこそ、毎日の観察が大事なんですね。明日からの見回り、気合を入れていきます!










博士、株がしおれていたら、まず水やりを増やせばいいんですよね?